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遊びと文化

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月12日(水)17時12分7秒
編集済
  井上俊:遊びと文化


ギリシアの昔から、「遊び」ないし「遊戯」とよばれる人間活動の重要性について言及した学者や思想家は決して少なくなかった。

しかし、遊びを人間存在それ自体の根底に横たわるものとしてとらえ、人間を「遊戯する存在」と規定するほどラディカルであった論者といえば、ほかの誰を措いてもまず、オランダの文化史家ヨーハン・ホイジンガの名をあげなければならないだろう。

もちろん、彼以前にこうした考え方がまったくなかったとはいえない。
この思想の流れをさかのぼっていけば、おそらくフリートリヒ・シラーにゆきつくだろう。
1795年に、有名な書簡体の論文集「人間の美的教育について」のなかで、シラーは、「人間は文字どおり人間であるときだけ遊んでいるのであって、彼が遊んでいるところでだけ彼は真の人間なのだ」と書いた。

ホイジンガは、明らかに、シラーの観点を受けついでいる。
しかし
彼は、文化史家としての、あるいは言語学者としての素質を縦横に駆使して、はるかに広い文脈のなかで、またいっそう深い洞察をもって、この観点を展開した。

ホイジンガの著書「ホモ・ルーデンス」
「人間文化は遊戯のなかに -遊戯として- 発生し、展開してきたのだ」

遊びの特徴
・すべての遊びは、なによりもまず、ひとつの自由な活動である。
・遊びは<日常の>あるいは<ほんらいの>生ではなく、したがって没功利的な活動である。
・遊びは、それが行われる場と持続時間とによって、日常生活から区別される。つまり、時間的・空間的な完結性と限定性をもち、したがって反復が可能である。
・遊びは、ひとつの秩序づけられた世界であり、現実の不完全な世界、乱雑な生活のなかに、一時的にではあるが、判然と画された完璧性をもちこむ。



いっけん、合目的ではない遊び  しかし、時代や環境や社会が変わると、その遊びのなかに合ったものが有意義なものに発展することがあるのだろう。
 現在でも、うつ病対策として趣味とか、実生活から一瞬離れた遊びなどの価値が叫ばれている。
 
 

山本周五郎のことば

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月12日(水)09時35分57秒
編集済
  清原康正:山本周五郎のことば  新潮新書20


【青べか物語】
作家志望の「私」は、東京湾に流れ込む根戸川下流にある浦粕(うらかす)という、うらぶれた漁師町に移り住む。
「蒸気河岸の先生」と呼ばれ、青いペンキを塗ったべか舟を買わされた私は、この町の住人たちの生活ぶりを観察していく。
根戸川は江戸川、浦粕は浦安である。周五郎はこの浦安に、1928(昭和3)年夏から翌年秋にかけて住んでいた。
風景が気に入って住みついたのだが、ドーデェの小説集「風車小屋便り」のような地方的な気質を描いてみたかったというだけあって、地方都市の小さな町の住人たちの生態が生き生きと描かれ、彼らとちょっと距離をおきながらも溶け込んでいこうとする主人公の私の観察眼が、小説の核をなしている。


おしなべて小説なるものには議論はないと考えている。面白いものは面白いし、つまらないものはつまらない。
批評家がむきになって「これは芸術的傑作だ」と証言してくれても、面白くなければ私は失礼する。
その点は私はごく俗人であるから無用ながまんは決してしない。

大衆小説(私は単に「小説」と呼びたいのだが)はむずかしいわけでしょう。純文学のほうは高校生にも制作することができるばかりでなく、相当に価値あるものも認められなくはない。
大衆小説は普遍性の上に立つもので、教育や教養の差別なく、最大多数の読者を対象にしなければならない。
即ち、いかに高くかつ深切なる主題でも、その構成や表現には、かみくだいて入れ易くする必要が、欠かせない付帯条件であるし、半面、そのために教養ある(これは厄介な存在であると同時に案外なくらいアマイのであるが)人士にあくびをされてもならないのである。

作者はつねに「書かずにはいられない」主題があって小説を作るが、その主題が最大多数の読者と無縁なものであったり、単にその作者の「情熱の燃焼」だけで終わるもの、すなわち、読者に対してなんらかの「効用」をそなえていないものは、あとまわしである。

慶長5年の何月何日に、大阪城で、どういうことがあったか、ということではなくて、そのときに、道修町(どしょうまち)の、ある商家の丁稚が、どういう悲しい思いをしたか、であって、その悲しい思いの中から、彼がどういうことを、しようとしたかということを探究するのが文学の仕事だと私は思います。


健康を保って十年生き延びるより、その半分しか生きられなくとも、仕事をするほうが大切だ。
 

ハオチー!鉄の胃袋中国漫遊記

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月10日(月)17時01分2秒
編集済
  石毛直道:ハオチー!鉄の胃袋中国漫遊記

まだ 外国人兌換券のあったころ
この本では、西域には行っていない。  西安、成都にも行っていない。重慶で四川料理食べた  山東省の済南で北京料理を食べた


清真涼粉 緑豆澱粉をかためたものから、トコロテン状にする。

素菜(精進料理のこと)  清真菜
肉や魚の料理は葷菜 葷酒山門に入るを禁ず 葷はニンニク、ニラ


旅行をすると、人は絵葉書型と市場型にわかれる。
自然の景観や、名所旧跡を見物することに情熱をかたむけるのが絵葉書型としよう。
それにたいして、街角の雑踏や裏町の情景など、その土地の人びとの営みに興味をもつのが市場型である。
 この著者は典型的な市場型の人間だ。人びとが感激する絵葉書型の風景に、不感症ぎみなのだ。旅先で壮大な自然とか、歴史的な建築物にめぐりあっても、つかの間の感動だけで、すぐ退屈してしまう。
 しかし、名もないような市場で野菜や魚をながめ、売り買いする人びとの姿を見守るぶんには、半日いてもあきることがない。


広州 清平路の自由市場
 片身にされたハクビシン
 ぶら下げられた犬
 殺した猫の毛をカミソリで念入りに剃っている
 キョンやセンザンコウ ベニオザル
 孵化寸前のニワトリの卵(鶏仔蛋) 殻を割るとヒヨコ

北鹹、東酸、西辣、南淡
 北京や山東(北方)の料理は塩からい
 江蘇や浙江(東方)の料理は酸っぱい
 西方の四川料理は辛い
 南方の広東料理はあっさりしている(中国料理のなかでは、調和のとれたまろやかさ)
 

「人生二毛作」のすすめ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月 8日(土)12時39分15秒
編集済
  外山滋比古:「人生二毛作」のすすめ

人生二毛作とは、複数の仕事を体験すること、あるいは仕事と趣味の時間をうまく使い分けることをさすらしい。
現役の時でも、定年後でも二毛作するのは、人さまざま。


筑波大学移転に、仲間とともに反対したが、移転が決まると
みなはやめないのに著者は辞めた。 他の大学から声がかかったから移った。ラッキー
 お茶の水女子大に教授として採用(学内選考で同僚の確執を見てきたから、避けたかった)。

80代になっても1日1万歩歩くという。
株をやって経済的基盤をつくれという。
 これはあてはまる人もいれば、そうでない人もいるだろう。

家に閉じこもらず外に出よ、というのはよいアドバイスだ。

賞味期限切れの友情は、捨てるか買い換える
 かつての学友、旧職場の仲間との旧交をあたためる必要はない。 友情が続く場合は別だろうが。
 新しい友だちをつくる。職業も経歴も考え方も違う人との会話は楽しい。新しい発見がある。 同業者は避けたほうが賢明(著者は同業者で苦労した)。

著者のいう仲間会 なんでもありの雑談会「グリーンクラブ」
 振り込め詐欺はどうして成功するのか、めいめいが分析する。賛成も反対も結論も出さない、ただ聞くだけでなるほどと思うことがある。話した本人も満足している。
  (パソコン通信みたいなものか。この著者はインターネット体験なしとみた)
  (パソコン通信も運営しだいで、この著者の書くような会になるのだが)

メンバーが大事
 みな、聞き上手、ほめ上手 人の話は否定しない。 揚げ足はとらない。
どんな屁理屈にも耳を傾ける。 むずかしい話にも分かったような顔をして聞く。
話が脱線しても、だれねとがめない。
(パソコン通信ではむずかしそう)

(結婚式も)葬式はさける。 特に冬場の葬儀は危険。 義理を欠くのが長生きの秘訣。

知識は大切だが、思考能力はもっと大切。 知識が増えれば、反比例するかのように、思考力が低下する。
自分で考える独創力が一番だ

真似をしない。 誰でも最初は真似をして、それから独創性を出すのだが。
模倣と独走 やはり永遠テーマ
真似ぐせを防ぐには、世間の常識から一歩距離をおくとよい。 独自の思考をする習慣

本に読まれない (酒に飲まれない) よけいな読書はしない。

アルファ読み 読んでいて分かる本
ベータ読み 内容が難解、まったく未知のもの 読むと疲れる  論語 般若心経
 著者はベータ読みを勧めるが、私には?


医者は余命(命の期限)宣告すべきでない。
患者のことを考えるなら、ウソでもいいから「治る可能性はあります」と言ってもらったほうがいい。

病は気から 自然治癒力を信じる  健康管理は自助努力

首まわりを冷やさない  寝るときのタオルの首巻き

冬場の風呂は温度差に注意
 風呂からあがって、体のほてりがさめてから布団に入る。

ウォーキング中の信号待ちはリズムが崩れよくない。

声を出す お坊さんがお経をあげているうちは元気

目や耳のエクササイズ 絵画鑑賞 美しい自然 楽しい音楽 やっぱりラジオ


よいアドバイスもあるが、聞き流したほうがいいものもあった。
まあ一種の放談であろう。
 

パンの科学

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月 6日(木)18時56分4秒
編集済
  吉野精一:パンの科学



フランスのルサッフル社
 1972年 インスタント・ドライイースト開発
アメリカのフライシュマンズ社
 1984年 インスタント・ドライイースト開発


100年前、アメリカではすでに二大パン製法(ストレート法と中種法)がアメリカ陸軍によって発表されていた。

第一次世界大戦(1914年7月28日から1918年11月11日)のヨーロッパ戦線に参加すべく、1917年に移動式ベーカリーを準備していた。
 軍用に、パン製法や兵糧パンの開発並びに移動式野戦ベーカリー設営のためのマニュアルブック発行
  (背景にはフライシュマンズ社の工業製イースト開発がある。まだ生イースト ドライイーストは第二次世界大戦中に開発)


塩はパン生地を引き締める。

イーストは酸性域で活性化するが、pHが下がりすぎると焼き上がったパンは酸っぱくなる。
(水のpHを調整するためアルカリ成分を加える?  この本には弱酸性から中性の水がよいとしか書いていないが)
 

メモ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月 4日(火)18時39分30秒
編集済
  フラウエン教会
https://kotobank.jp/word/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%82%A8%E3%83%B3%E6%95%99%E4%BC%9A-620699

司教座聖堂
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B8%E6%95%99%E5%BA%A7%E8%81%96%E5%A0%82


陸前高田 頬につたふ
なみだのごはず
https://blog.goo.ne.jp/takuboku15112/e/833d5e530b40513f25167bc54e95e3c6

吉井勇の作
「かにかくに 祇園はこひし寝(ぬ)るときも 枕のしたを水のながるる」

この歌は、祇園の思いを詠んだもので石川啄木らと編集を担当した「スバル」にて
他の祇園を詠んだ歌とともに発表されました。

「 かにかくに 渋民村は 恋しかり おもいでの山 おもいでの川」  啄木「一握の砂」
https://www.aozora.gr.jp/cards/000153/files/816_15786.html



珠江
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/be/Pearl_River_Delta_Area.png

マカオは香港の南西だった
 

心配しないほうがうまくいく

 投稿者:管理人  投稿日:2018年12月 2日(日)16時33分40秒
編集済
  金盛浦子:心配しないほうがうまくいく
        今をいちばん楽しんで生きよう

明日に向かって 精進、努力 というタイプで疲れた人がいる(香山リカも報告)
その努力はともかく、今を楽しんだほうがいい。

 著者は、努力や頑張りが成功につながると教えられてきた現代人が、その教えにしたがいながら、成功から遠ざかっている実体を指摘する。
 そんな努力や頑張りを捨てて、自分の好きなこと、やりたいと思うことをやれば幸せになれると著者は言う。

革命的な著者の発言
だが、ある程度の努力は必要であろう。苦しんでいる人は、努力のしすぎなのだ。
努力している本人が、楽しんでいたり、納得しての目標に向かっての努力は必要なことであろう。(著者もそういうことは認めているのだが、なかなかストレートな発言では読者が迷う)
 著者は好きなことをしてきたと言うが、やるべきことをしてきたから仕事もできたので、そういう意味では苦労を苦労と思わず努力もしたのだろう。
 著者の人生を人に押しつけている感じがしないでもない。(見る人が見れば、著者も上手に努力してきた人、運のよい人ではないか)
 まあ、これは日本語表現の問題でもあろうが、著者の主観的人生論はひとつの成功例であって、他人に紹介しても、それがあてはまらない人もいるだろう。

なかなか成果の出ないときは、小さな成果でよいからそれを喜んだりすればよいのだ。小さな目標、小さな成果でとりあえず満足すると他の精神科医も述べている。


やれる範囲で無理なく取り組んでゆく生き方こそが素敵

楽しい、うれしい、おいしいお酒 +++
後悔する酒           ---
 同じことをしていながら、(そのときの気持ちのあり方で)プラスにもマイナスにもなる。
  そういうものなのだ。同じ景色を見ても本人の心理状態で印象は変わる。
 だから、「楽しいな、うれしいな」と思いながらなら、よい結果につながる。

今の自分を、どんな状態であろうとも、あらゆる意味で許す。
自分自身を楽しむ。  自己肯定

自分を好きだから人ともうまくいく  (これも斎藤茂太が言っている)

心配しないほうがうまくいく
 心配しすぎると、それはマイナスにはたらく。(といっても、なかなかとらわれる人はそれから解放されない)

「大丈夫 すべてはよくなる 困ったことは起こらない」あの精神科医高田明和の言葉だが、この著者も同じことを述べている。「大丈夫 必ず何とかなる。今までもなってきた」


言葉で気分も人生も変えられる これは他の本にも書いてある。 よい言葉グセをつける

お世辞でも「ありがとう」と言おう。 お世辞でもありがたく受け取ろう。
 お世辞は言おうと、斎藤茂太も書いている。

ネガティブなメッセージに、ついネガティブに反応したいものだが、なんとか受け流す。
相手の傷つける言葉に、こちらも仕返し的発言するのはやめたほうがいい。 と言いながら受け流しはむずかしいものだが。

余裕のある人は、こちらからプラスのメッセージを送るのだろう。
「ありがとう」 お世辞 などなど.... しかし、小人は無理しないことだろう。


日頑張って疲れてしまうと、(ストレスがたまり、うつ病になり)生活が続かなくなる。
 楽しいことも味わわないと疲れる。 疲れたら問題解決力も低下する。
 斎藤茂太も、趣味をもつとストレスからのがれられると述べている。自分を認める、ほめると書いてある。



「心配しないほうがうまくいく」
それはそうだが、頭のよい人は先を考えるから、心配する。
 だから、森田療法も必要  うつ病になるのは真面目人間 心配する人はそれなりのメリットもある。
  その性格は変えられないだろう。長所を生かしながら、知恵をつける人生の生き方

幸いというか、この著者は、適度のあたまのよさとバランス感覚と運のよさに守られているのだが、自分の成功例が読者に即あてはまるわけではないから、読者は考えながら読んだほうがよい。

もちろん著者のアドバイスは、すべてもっともなのだが、理屈がそのままできるなら人生は楽なもの。
人によって、著者のアドバイスを活用するための工夫とかが必要と思われる。
 

日本史から見た日本人

 投稿者:管理人  投稿日:2018年11月30日(金)09時28分17秒
  渡部昇一:日本史から見た日本人

「猿の神学」と「猫の神学」

ザビエルが日本に来た時、「ここにもルターの猫がいる」と言った。

浄土宗や浄土真宗はひたすら阿弥陀仏の慈悲にすがることを説く。
ルターの「ただ信仰によって」
「ルターの猫の子」「カルヴィンの猫の子」

カトリックにおいては、救いは神と人間との共同によるという。 「猿の神学」
 (大乗仏教に対する小乗仏教か)
 

「折れない心」をつくるたった1つの習慣

 投稿者:管理人  投稿日:2018年11月25日(日)15時42分46秒
編集済
  植西 聰 (著)
「折れない心」をつくるたった1つの習慣

産業カウンセラーとして経験的に得たノウハウをまとめた本

   ---

うつになる人、心の悩みをかかえる人  実は真面目で気配りの人 なのに本人が悩む

人に迷惑かけて、人の世話になって、脳天気な人、ワガママな人は悩まない(?)


〇心を傷つけるマイナスエネルギーのもの(人)から離れ、プラスエネルギーのものを増やす
   そういう人は、マイナス出来事を大きくとらえすぎる傾向あり

〇自己肯定 これでいいのだ それを口に出して言う
〇大丈夫 今の自分のままでOK それを口に出して言う

〇笑顔 よいイメージ よい思い出

〇完全主義をやめる(完全主義、理想主義のプラスの面もあるのだが) 適当なところで妥協

〇できない自分を認める、許す 解決しなくていいこともたくさんある

〇手近な目標、小さい目標から

〇他人に合わせて生きる必要はない(無理にするとストレスになる)、自分の心にしたがう
   別のところで、相手を変えるよりルールを変えると書いてある(相手の価値観に少し合わせる) 小さな矛盾を感じるが  要するにアナログ的な妥協(デジタル的対立でなく)

〇できないことより、できることのほうを見る

〇人と比べるならプラスの比べ方を

〇自分らしさを大切に 自分があって、それから回りに

〇目の前のことに集中する

〇一日ひとつ、違うことをする  小さな新しいことをする

〇悪口は聞きながす、悪口は言わない

〇目標に向かう途中で楽しみをつくる(ワンステップ成功したらご褒美)

〇ないものでなく、あるものに目を向ける

〇人のために何かする、人に喜ばれることを心がける

〇ありがとう、感謝の言葉を言う
 

茶の世界史

 投稿者:manager  投稿日:2018年11月24日(土)11時23分17秒
編集済
  角山栄:茶の世界史  中公新書596


茶はシルクロードで運ばれたか?
 たとえばモンゴル人やチベット人の茶の飲み方は、ロシアや英国に伝わらなかっただろうか。

トルコ人はコーヒーのほかに茶を飲むか? ウイグル人の茶のことを思えば、トルコ人の茶を飲むはずだが。
 イランでも飲まれるだろう?

この本では、いちおう茶がヨーロッパに伝わったのは、オランダそして英国とされている。
 ポルトガルはマカオ経由で茶を知っていた。



イギリスはコーヒー、茶、チョコレート(ココア?)と入ってきたが、国民は茶を好んだ。コーヒー・ハウスはあったが。

ここでいう茶とは、最初は日本の緑茶や中国の緑茶や紅茶だったが、紅茶が支配的になったらしい。
 紅茶は運んでくるとき自然発酵して紅茶になったという説を著者は信じない、すでに昔から紅茶は中国で作られていたという。

インドで茶の生産を考え、中国からお茶の木や種子を運んでくることも試みられたが
幸運にアッサム地方で茶の木が発見され、茶園がつくられインド産の紅茶が英国に入ってくるようになった。

西インド諸島で砂糖の生産  その労働力としてアフリカから奴隷をつれてくる。  英国の産業革命のうらにはアジア、アフリカの侵略があった。
産業革命には技術革新と資本が必要だから。 著者は経済学者なので資本のことを重要視する。

中国から茶の輸入超過に対して、アヘンの中国に輸出 アヘン自体は以前から民間商人により中国に入っていった歴史があるが、英国は大量に国家的に取り組んだのが悪質。

 

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