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認知症専門医の"認知症ライフ"

 投稿者:manager  投稿日:2019年 4月13日(土)07時48分40秒
編集済
  長谷川和夫:認知症専門医の"認知症ライフ"   ラジオ深夜便2019.3月

外出するとき、鍵がかけたかどうか心配になって戻ってくる。 それを何度も繰り返す。 (人は疲れたとき、そういう症状になることがある)
アルツハイマー型認知症では、まず「時間」に支障が出る。つぎに「場所」、その次が「人」になる。
 今日が何日かわからなくなる。 今まで行けたところに行けなくなったり、帰ってこられなくなったりする。 同居者が誰だかわからなくなる。

長谷川式簡易認知評価スケール
  本日は何月何日か あるいは何曜日(答えたら正常)
  ここはどこか
  年齢は(満年齢から2~3歳ずれがあっても正常)

  100から順に7を引くと  (認知症でなくても小学生も間違える。外国人も苦手)
  数字の逆唱  (6-8-2)   (3-5-2-9)
  5つの物品の記銘   (歯ブラシ、100円硬貨、ナイフ、櫛、スプーン)

この先生、教え子のテストを受けて、「三時十五分を長針と短針で描いてください」と言われても難しい。 正常な大人でも難しい。


長谷川式簡易認知評価スケールは
自分で考案したから全部答えられてしまう。 認知症テストには使えない。
  そんなことはあるだろうか。  疑問  自分で作ったから正解できるということが、そもそも認知症?
 
 

われら老人、勝手に生きる心得

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 4月11日(木)14時58分55秒
編集済
  垰野 尭(たおの たかし):われら老人、勝手に生きる心得

全部が全部 よいアドバイスではないが、聞くべきことも書いてある。
・老人の体は今より良くはならない (もう十分に生きたと思えばいい。これからはお釣りで生きるのだから、それだけでも感謝なのだ)
・終末は孤独なものと自覚する
・気が向けばできるだけ外出する
・医者と病院には近づくな(近づきすぎて、薬害湿疹になった人)
・誰にも頼らず静かに終わるのが本当の「サヨナラ」だ


「気にしない、気にしない」精神
 1 生涯現役を目指そうなんてバカな考えを持つな
 2 自分に都合の悪いことは知らんことにする
 3 何事にも心配の種は作らない。期待はしない、絶望もしない、ケセラセラだ。
 4 メタボリックなどの健康基準にまどわされない
 5 贅沢はしない、節約もしない
 6 本や新聞、TVなどの「老人の生き方」に惑わされない (そんなのは都合のいい作り話)
 7 生命保険や医療情報などはムダだ
 8 百歳まで生きようといった欲は出さない
 9 病院に近づかない
 10 酒、タバコは即座にやめ、一日一時間の散歩をする
 (番外)こんな老人の生活訓のようなものは一切信用しない (著者は焼鳥屋でビールを飲む)


イジワルな見方
 長寿の秘訣、老後の生き方といった書籍が山積されており、体調の衰えには各部分にその療法がいくらでも示されている。
 また、老人の生きがいとか、老後の指針とか、老後が面白いとか、六十からが人生といった老後を奮い立たせるような情報のオンパレードだ。
 それが悪いと言っているのではないが、そんなのはみんなウソだと思っている。
 こうした本や情報が氾濫しているということは、実際はその裏返しで、老後は面白くもおかしくもなく、死ぬまでの時間があるだけということを物語っているようなものである。
  (本当のことを書いた本は売れない。現実には無理な理想にみんな憧れる)


最後に、政治家、役人、経済人の批判 いろいろ考えると暗くなる。 あの曽野綾子の夫の本みたい。
マスコミも隣国の勝手な動きには批判しろ、そう著者は怒っている。日本のことを考えていないマスコミや野党。著者は怒っている。
 

南蛮から来た食文化

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 4月11日(木)11時15分59秒
編集済
  江後 迪子:南蛮から来た食文化

かんころ  生のサツマイモを粉にしたもの(サツマイモ澱粉) 今も九州に多いかんころ団子。

しっぽく料理 中国風と日本風、そしてポルトガル風料理の混じったもの。
「魚南蛮漬」 魚を油で揚げ、酢しょうゆ、酒を合わせて漬ける。とうがらし、にんにくを入れる。

黄飯料理 鶏を丸ごと煮て、くちなしで染めた煮汁で飯を炊き、炊きあがったら鶏の裂いたものを上にのせる。
 (サフランで黄色に色づけたスペインのパエリア)

長崎てんぷら 衣に味がつけてあって天つゆを使うことはない。
 ポルトガルのものは衣に塩・胡椒の味がつけてある。


・長江中下流地域と東南沿岸地域の江蘇・浙江系(上海・ 蘇州・揚州・無錫・杭州・寧波料理) つまり上海料理
 「東は酸」といっても、江蘇・浙江系の料理すべてに酸味があるわけでなく
 あんかけなど甘酸っぱいメニューが比較的多い。

こうしてみると、上海料理は揚げ物、甘酸っぱいという味つけは南蛮料理の流れか。 あるいは上海料理の影響をうけた南蛮料理が長崎に伝わったのか。

南蛮煮
 魚・鳥・野菜などを油で炒めてから煮て、ねぎやとうがらしを加えたもの。
 るねぎやとうがらしのことを「なんばん」といっていた。(鴨なんばん、カレーなんばん)
 

不安の力

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 4月 9日(火)16時51分14秒
編集済
  五木寛之:不安の力

不安は安心の母 ← 失敗は成功の母

不安は生命の母だと感じる。それは、いいとか、わるいとか、取りのぞきたいというようなものではない。
不安は、いつもそこにある。 人は不安とともに生まれ、不安を友として生きていく。
不安を追いだすことはできない。 不安は決してなくならない。

不安のない人生などというものはない。 人は一生、不安とともに生きていく。

 不安を敵とみなさず、それをあるがままに友として受け入れていく。


不安はなにかの便りを運んでくる大事なメッセージ。 それは、あなたの心身はもう限界だよ、これ以上無理な仕事はしないほうがいいよ、という心と体からの忠告かもしれない。

著者は、いままで不安を友として生きてきた。 これからも、不安と仲良く付き合いながら生きていきたいと思っている。
  (一種の森田療法)
 

清水かつらメモ

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 4月 7日(日)16時09分49秒
  清水かつらの足跡を訪ねて(和光市駅前~白子小学校)
http://www.city.wako.lg.jp/home/shisei/koho/_10668/_8407/_8408.html
 

昔のHPのmemo

 投稿者:manager  投稿日:2019年 4月 7日(日)06時04分15秒
編集済
   昔のHPを探すサイト
http://www.archive.org/index.php


たとえば これを見たい
http://www.geocities.co.jp/HeartLand/3586/


  ☆ その結果 ☆
アムゼルのホームページへようこそ。
このホームページではドイツの生活と観光に役立つ情報を発信します。

最終更新:2000年 6月 27日  Since 1997.12.10

https://web.archive.org/web/20000901024415/http://www.geocities.co.jp/HeartLand/3586/



 ☆ 雪虫の民族料理探検記 ☆   これもメモしておきましょう。
https://web.archive.org/web/20100615201113/http://www.geocities.jp/kingyoneputa/


  ☆ やまねこさんHP ☆
https://web.archive.org/web/20190330063723/http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Ocean/7569/



  ☆ A-RUさんのHP ☆
https://web.archive.org/web/20110720164054/http://www.geocities.co.jp/SilkRoad/5072/
 

藤田嗣治

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 4月 2日(火)16時38分2秒
編集済
  藤田嗣治
もっと知りたい藤田嗣治 生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
林洋子(美術史)
https://books.rakuten.co.jp/rb/12430598/?l-id=c-recommend-toho-reco&rtg=c64f3a10042c0b2103c857064c059e30

1886(0) 牛込で生まれる
1910(24) 東京美術学校卒業
1912(26) 鴇田(ときた)とみと結婚
1916(30) とみと離婚
1917(31) フェルナンド・バレーと結婚
1924(38) フェルナンドと離婚
1924(38) ユキ(リュシー・バドゥ)と暮らす
1931(45) ユキと別れる
1931(45) マドレーヌ・ルクーと結婚
1931(45) マドレーヌをモデル「眠れる女」
1936(50) マドレーヌ東京で急死
1936(50) 堀内君代と結婚
1937(51) 「秋田の行事」

1968(82) チューリッヒで死ぬ

2009    妻君代死ぬ
 

ドイツ旅行メモ

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 3月31日(日)16時16分41秒
編集済
  A.T.氏より画像ファイル届く。  力作

ドイツ旅行 1990.12.15~1991.1.10

12/15(土)盛岡6時発 成田14:05-18:10 Frankfurt  Frankfurt泊
12/16(日)Frankfurt 13:50-14:40 Muenchen Muenchen泊
12/17(月)Muenchen泊
12/18(火)Muenchen泊
12/19(水)Muenchen泊
12/20(木)Muenchen 9:31-15:17(32) Wien Wien泊
12/21(金)Wien泊
12/22(土)Wien泊
12/23(日)Regensburg泊
12/24(月)Nuernberg泊
12/25(火)Nuernberg泊
12/26(水)Nuernberg泊
12/27(木)Nuernberg 10:15-12:30 Stuttgart Stuttgart泊
12/28(金)Stuttgart泊
12/29(土)Stuttgart泊
12/30(日)Stuutgart 9:45-16:10 Paris-Est Paris泊
12/31(月)Paris-Nord 23:12-
1/1(火)           10:00 Hannover Hannover泊
1/2(水)Hannover 10:40-14:49 Berlin-Zoo Berlin泊
1/3(木)Berlin泊
1/4(金)Berlin-Lichtenberg (D1401) 22:00-
1/5(土)                 6:20 Nuernberg
    Nuernberg-Frankfurt-Darmstadt  Darmstadt泊
1/6(日)Darmstadt泊
1/7(月)Darmstadt泊
1/8(火)Darmstadt-Heidelberg-Karlsruhe Karlsruhe泊
1/9(水)Frankfurt発 13:40-
1/10(木) 成田帰国     8:50
 

タウシュベツ川橋梁メモ

 投稿者:manager  投稿日:2019年 3月29日(金)19時30分42秒
  タウシュベツ川橋梁

所在地
北海道上士幌町

形式
アーチ橋

材料
コンクリート

タウシュベツ川橋梁(タウシュベツがわきょうりょう)[1]は、北海道上士幌町の糠平湖にあるコンクリート製アーチ橋。名称に関しては「川」を省略しタウシュベツ橋梁と称されることもあるが、鉄道橋としての本来の正式名称ではなく、また上士幌町や保存会も正式名を継承している。

よく晴れた風のない日に、湖面に橋が映ると眼鏡のように見える。またアーチ橋ということもあり、「めがね橋」の別名を持つ。古代ローマの遺跡を思わせるその姿は、周辺の景色とも調和しているとされる。第1回北海道遺産に選定された「旧国鉄士幌線コンクリートアーチ橋梁群」の1つである。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%99%E3%83%84%E5%B7%9D%E6%A9%8B%E6%A2%81

もともとは、日本国有鉄道士幌線(1987年(昭和62年)廃線)が1939年(昭和14年)に十勝三股駅まで開通した際に、音更川の支流であるタウシュベツ川に架けられたものである。1955年(昭和30年)に、発電用人造ダム湖である糠平ダムが建設され、橋梁周辺が湖底に沈むことになったため、士幌線は湖を避けるように新線が建設され、切り替えられた。その際に、橋梁上の線路は撤去されたものの、橋梁自体は湖の中に残されることとなり、現在までその姿をとどめている。


糠平湖周辺のホテルランキング
https://www.jalan.net/kankou/spt_01633cb3530079915/spot/

糠平湖周辺のホテルランキング  ほとんど湖から遠い?
https://www.jalan.net/kankou/spt_01633cb3530079915/yad/?screenId=OUW3701





然別湖

然別湖(しかりべつこ)は、北海道十勝管内の鹿追町北部と上士幌町南西部にまたがる湖である。大雪山国立公園内にある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%B6%E5%88%A5%E6%B9%96

然別湖畔温泉
湖の西岸に2軒の近代的な温泉ホテルが並ぶ然別湖畔温泉が、また、ヤンベツ川の上流には一軒宿の山田温泉がある。

 

終着駅へ行ってきます

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 3月28日(木)16時53分22秒
  宮脇俊三:終着駅へ行ってきます

あとがきによると、この作品は1984年に日本交通公社出版事業局より刊行された。
昭和56年の秋から58年の秋まで、著者が全国の終着駅を訪ね歩いて書いた本です。

解説の文章で
「遠くへ行くばかりが旅ではない」「日常性の脱却にこそ旅の価値があるのであって、距離は問題ではない」として
海芝浦(鶴見線)の旅をしている著者のことにふれている。

そして
観光客のない通勤電車のターミナルや工業地帯の懐深くに位置する駅と
旅情溢れる北海道の最果ての終着駅とを
紀行作品の舞台として平然と同列扱いしている。と述べている。

その着想は、本書を単なる田舎の汽車の乗車記集にとどまらせず、日本列島各地の多彩な表情を終着駅という視点から描き出すことに成功した大きな要因と言えるだろう。とまとめている。

本書は
すでに消滅した路線も含め、国鉄民営化の直前期における日本各地の生活路線の模様を正確に今に伝える貴重な記録ともなっている。

 

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